開幕前夜、静寂のトロントで。
ブルージェイズのロッカールームには、まだ誰もいない。
バットの影が照明に揺れ、遠くで氷がグラスに触れる音がする。
その静けさの中で、32年ぶりの夢と、ドジャースの連覇という現実がぶつかろうとしている。
このシリーズには、6つの「物語」がある。
数字に表れない、心の温度を伝えるストーリーだ。
① 大谷翔平 vs トロント──“届かなかった未来”との再会
2023年12月8日。
世界中が“フライトトラッカー”を追い、トロント行きのプライベート機を見上げていた。
しかし、大谷翔平は現れなかった。
翌日、インスタグラムで発表されたのは――ドジャースとの10年7億ドル契約。
ブルージェイズにとって、それは「もう少しで手に入るはずだった未来」だった。
そして今、彼はその未来を敵として迎える。
このシリーズは、大谷にとっても「決断の正しさ」を証明する舞台となる。
② スプリンガー再び──“2017年の亡霊”との決着
2017年のワールドシリーズ。
アストロズのジョージ・スプリンガーがドジャース相手に放った5本塁打は、今なおLAのファンの記憶に刺さっている。
あのスキャンダルを経て7年――彼は今、ブルージェイズのリーダーとして再びドジャースと対峙する。
ALCS第7戦、9回に放った逆転3ラン。
その一振りに宿っていたのは、過去と向き合う覚悟だった。
「野球は、やり直せるスポーツだ」とスプリンガーは語る。
この再戦が、彼のキャリアを浄化する物語になる。
③ ボー・ビシェット復帰──“青の希望”が帰ってきた
9月、左膝の捻挫で離脱したビシェット。
彼のいない間、チームは泥臭く戦い抜き、リーグ優勝決定シリーズを制した。
第7戦のロッカールームで、ビシェットは短く言った。
「もう準備はできている」
その言葉通り、彼はワールドシリーズ・ロースターに復帰。
打率.311、OPS.840――数字以上に、ブルージェイズ打線の“呼吸”を整える存在。
彼が戻ることで、トロントの青は再び輝きを取り戻す。
④ 休養は吉か凶か──歴史が示す“データの裏側”
ドジャースはNLCSを4連勝スイープで突破し、6日間の休養を得た。
一方のブルージェイズは、ALCS第7戦を終えたばかりの勢いでこの舞台に立つ。
歴史は面白い。1985年以降、片方がスイープし、もう片方が7戦までもつれたシリーズは過去4度――
そのすべてで、“7戦組”が世界一になっている。
果たして「休養の余裕」か「戦いの熱」か。
データが指し示すのは、ブルージェイズの方だ。
だが、ドジャースのロッカールームには統計を超えた自信がある。
「俺たちは疲れを知らないチームだ」
と大谷は笑った。
⑤ ウラジーミル・ゲレーロJr.──歴史を塗り替える男
ALCSでMVPを獲得したゲレーロJr.。
打率.442、6本塁打、OPS1.440――圧倒的な破壊力。
このまま優勝すれば、1993年ポール・モリター以来の“伝説級”ポストシーズンになる。
父ウラジーミル・ゲレーロSr.が2004年に果たせなかった夢。
息子が32年ぶりのトロント優勝で叶えるなら、それは「親子二代の継承」だ。
「俺のストーリーは、まだ終わっていない」
若き主砲は、そう言って笑った。
⑥ ドジャース投手陣──“青の要塞”を打ち崩せるか
山本由伸、ブレイク・スネル、タイラー・グラスナウ、そして大谷翔平。
さらに、肩のケガから復帰した佐々木朗希がリリーフとしてブルペンに立つ。
この5人でポストシーズンの全アウトの8割以上を奪ってきた。
NLCSではチーム失点わずか28。
「どの回もエースがいる」――これがドジャースの最大の武器だ。
ブルージェイズがこの鉄壁をどう崩すか。
その一打席が、シリーズの流れを決める。
◆ まとめ──“青の夢”と“群青の誓い”のあいだで
野球は数字の積み重ねでできている。
けれど、そこに宿るのは「人の物語」だ。
ブルージェイズは“届かなかった過去”を超えるために。
ドジャースは“積み上げた栄光”を証明するために。
その交点に、大谷翔平がいる。
彼が放つ白球は、きっと僕らの心にも届く。
朝9時、テレビの前で。
奇跡の続きを、見逃すな。


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