「噛むとフニャン」はなぜ踊りたくなる?──ロッテFit’sが生んだ“ダンス動画の原点”を解剖する

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投稿日:2025年10月13日|執筆:神原 凌(音楽文化アナリスト)

ABEMA

導入:EIGHT-JAMのワンシーンから始まる物語

――「心に残る広告と音楽」。
10月のEIGHT-JAMが掲げたこのテーマは、まるで広告と音楽の“関係性”そのものを問う実験だった。

番組中、STUTSや菅野薫らが語る「音で記憶をつくる広告」の流れのなかで、ひときわスタジオがざわめいた瞬間があった。
それが、ロッテ Fit’s「噛むとフニャン × 佐々木希」の映像が流れた時だ。

わずか15秒のCMが、なぜ“ダンス動画”という文化を生み出すきっかけになったのか。
その裏側には、音・言葉・身体・拡散──4つのデザインが巧みに噛み合った仕掛けがあった。

“踊る広告”の幕開け──Fit’sが仕掛けた新たな文化

2009年、ロッテが新ブランドとして立ち上げたガム「Fit’s」。
発売と同時に放送されたのが、女優・佐々木希を起用したCM『噛むとフニャン』だった。

「噛むとフニャン、噛むとフニャン♪」

この“音の心地よさ”が、視聴者の身体に直接届く仕掛けになっていた。
さらに、振付師パパイヤ鈴木が手がけた「フィッツダンス」が映像に重なり、商品の柔らかさを“体で表現する広告”へと昇華させた。
東洋経済オンライン

当時、YouTubeやSNSが徐々に「真似して投稿する文化」を形成し始めた時期。
Fit’sは、その潮流を先読みしていた。

音が誘う身体──「噛むとフニャン」の語感と音楽設計

「噛む」と「フニャン」。
硬さと柔らかさ、緊張と弛緩――対極の語感をたった五文字で行き来する。

CMソング「噛むとフニャン feat. Astro」は、その語感のゆらぎを音に変換している。
メロディは跳ね、リズムはスウィングし、最後の“フニャン”で微妙にテンポを抜く。
身体が自然に揺れる構造だ。

この曲はのちにフルバージョンとしてリリースされ、CMの“断片”を拡張するかたちで完成した。
つまり、音楽自体が“CMの続き”としてリスナーの中で踊り続ける設計だった。

あの“フニャン”は、ただのフレーズじゃなかった。踊りたくさせる設計だったんだ。

“踊りたくなる”振付の秘密──パパイヤ鈴木が作った“ゆるさ”

パパイヤ鈴木が生み出した“フィッツダンス”は、プロのダンサーでなくても踊れる構造だった。
腰を揺らし、腕をフニャンとさせ、リズムを外しても絵になる。

「Fit’sの柔らかさを“体の力を抜いて踊る”ことで表現したかった」
日本食糧新聞社ニュース

その“ゆるい可愛さ”がハードルを下げ、誰でも真似できる。
ここに、「踊ってみた文化」の原型が宿る。

CMは複数のバージョンで展開され、同じ振付が異なるシーンで繰り返されることで、
「見覚え」「体感覚の記憶」が視聴者の中に残った。

拡散を前提にしたキャンペーン設計

Fit’sの真骨頂は、“視聴者が参加する仕組み”まで設計されていた点だ。

2009年、公式サイトでは「フィッツダンスコンテスト」を開催。
CMの振付を真似した動画を投稿すると、再生回数で順位が決まる。
1位には賞金100万円とFit’s1年分が贈られた。
ナタリー

“見る”から“踊る”、そして“投稿する”へ。

テレビCMが、YouTubeの拡散導線に直結する。
今では当たり前の「広告からUGC(ユーザー生成コンテンツ)へ」という流れを、Fit’sは10年以上前に実践していた。

YouTube上には練習用動画も公開され、ダンス初心者が模倣できるような構成が徹底されていた。
YouTube公式リスト

EIGHT-JAMが伝えた「広告と音楽の幸福な関係」

EIGHT-JAMの特集「心に残る広告と音楽」でこのCMが取り上げられたのは、偶然ではない。
番組は「音楽が記憶をつくる」「言葉とリズムが身体を動かす」ことを再確認する時間だった。

ロッテ Fit’s の“噛むとフニャン”は、その最初の証拠だった。
広告が単なる商品訴求ではなく、「文化を作る」ことができると証明した瞬間。

そこには、コピーライター林尚司の言語設計、
パパイヤ鈴木の振付構成、
そして佐々木希という“物語を纏う身体”の三重奏があった。

“踊ってください”と言わずとも、踊らせる広告の魔術。

それが、EIGHT-JAMが今回の特集で掘り起こした“CM音楽の進化”の核心だった。

結論:踊る広告が残したもの

Fit’sの成功以降、「踊るCM」「真似して投稿する広告」は日本中に広がっていった。
しかし、その始まりには、「踊りやすさ」よりも「共感したくなる軽やかさ」があった。

今、TikTokを起点に曲がヒットする時代。
そのDNAは、10数年前の“噛むとフニャン”の中にすでに刻まれていた。

音、言葉、身体、拡散――
それらを一つのリズムに束ねたこのCMは、
まさに“踊る広告”という時代の心拍を最初に鳴らした作品だった。


出典・参考リンク


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